「仕事ができる」について考える
採用に至って、やれやれ。ではありません。ここから始まります。最初は3日という期限を区切って、最初のお題を書いていただきました。
最初のお題は、普通にライターさんに出すお題をそのまま出します。すでに活躍されているライターさんと同じような形で発注しますが、書く上での注意点もレギュレーションも、同じように発注します。
これは、現時点での力量を見せていただくためです。私には、「この4人(直接来た1人と募集をした3人)をライターにする。ただし、1人も残らなくても構わない」というミッションがあります。
ゴールまで走っていただくにあたって何が必要なのかが見たいので、このやり方を取りました。
修行は障害物競走みたいなもの
修行と偉そうに言っていますが、要は研修です。ですが、脱落OKということで修行という言い方をさせていただきます。
修行は障害物競争に似ています。
スタートダッシュで得られるリーチは少なく、どこの障害で引っ掛かるか、その障害に引っ掛かった後どうするかによってその方の進み具合が決まるといってもよいでしょう。
網にひっからまったら、それでやめるのか。
それとも、網を切り裂いてもう一度走るのか。
丁寧に網をたぐりよせて抜け出すのか。
大きな違いです。
ですが、要は進んでいただけばいいだけ。
どのような方法を取るかはその人によって違って問題ありません(もちろん、材料やアドバイスは提示します)。
その最初の段階で、早くも1名が脱落しそうになりました。
「欲しがられている」という感覚を捨てよ
修行対象に選ばれた時点で、「私は欲しがられている」と勘違いしてしまうとちょっと厄介かもしれません。
この会社にとって私は必要とされている。
この感覚、フリーライターの駆け出しだったらむしろ持っていてはいけないと私は思います。
なぜなら、この時点での代わりはいくらでもいるからです。
必要となる存在になることはできます。
ですが、それは駆け出しで「トンマナ」という単語もわからない今ではありません。ここからひとつひとつ信頼や実績を積み重ねていくことによってオンリーワンが育つのです。
修行ですが、学校ではありません。
私がライターさんの卵たちを育成するにあたってお金を出してくれているのは、ライターの卵たちからではなく、会社からです。
当然最優先すべきは社益。
脱落しそうになった理由
その方には、少し甘えがありました。
何に対する甘えかというと、締め切りに対する甘えです。
今回の最初のお題については3つの締め切りを設けていました。
初稿納品、修正による校正の締め切り、完全な納品。
それを初稿納品の段階でスルーしたのです。
担当者とも話し合い、これはNGだねということになりました。最初から締め切りを破る人は最後まで破る。最初から締め切りを守っている人だって、途中でだれて破ることもある。ですが、テキストの納品が遅れたら、そのあとの予定がどんどんずれるのです。
締め切りを守れない事情があるなら、事前連絡を。それができないなら依頼ができない。
そう告げたときに、「2,3日くらい許されると思った」という返信が来ました。
…これはもう、ダメですよね。
何度かのやり取りがあって、その方は修行続行することになりました。
厳しいことも言ったせいか、初回以降は締め切りはちゃんと守っていただいています。連絡もきちんと入れてくださるようになりました。